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拭い切れない偽物感

僕が「ブランド人」になりたいと思うワケ

”ブランド人”に憧れる。
 
僕の短期的な目標として「世の中への発信力を上げていくこと」がある。
いつか「事業を興したい」「良い人材を採用したい」「信頼する人へ投資したい」と思うとき、
個人としての名が売れているかどうかは、大きな分岐のひとつだ。

 

例えば、少し前であれば、きっと過激に見えていた主張
SNSフォロワー数5ケタの人を経営幹部に招きたい」
「フォロワー数を見て、投資額を決めている」
「フォロワー数1000人いかないやつは終わってる」
こうした主張が徐々にではあるが現実的に、
発信力が重視される価値観が広がっているように感じる。
 
自分自身を振り返ると、「大企業のなかで働く」だけでは、
どんなに良い仕事を積み上げていたとしても、
個人としてのブランド価値自体は、
なかなか高まらないことを、モヤモヤと感じていた。
 
現在携わっているHot Pepper Beautyの仕事、
キレイになりたいユーザーと美容サロンのマッチングを増やし、
最適化していくことは、
数百億円のトップランナーの事業を動かす面白さもあるし、
この仕事がより良い未来へ繋がっているという実感もある。
 
ただ何か、ドキドキワクワク出来ることが少ない。
何か満たされていない自分がいる、というのが正直な気持ちだ。
 
「本当にその仕事はやりたい仕事なのか?」
「ありたい姿に対して、この仕事はどれだけ後押しするのか?」
 
そういった迷いのなかで「ブランド人になれ!」を読んだ際に、
大きく共感した一節がある。

リクルートでの経験は、高い収益を生み出す事業を成り立たせるメカニズムを知るという点では実に魅力的で学びがあった。
 
だが当時のリクルートで仕事をすることは、いわば都心の一等地で再開発を進めるようなところがあったと思う。
 
絶対に儲かる一等地をガッチリ押さえ、あとは下っ端が様々な関係者と細かい利害調整をし、事業がコケないように慎重に一歩ずつ駒を進める。
 
しかしリクルートより何十年も後発で登場したライブドアには、誰も足を踏み入れないグチャグチャの荒野に乗りこみ、
勝手に旗を立て、「ここはオレの開拓地だ」と鍬(くわ)を振るい始めるワイルドさがあった。
 
21世紀の今日でありながら、西部開拓時代のワイルドガンマンのような荒っぽい魅力にあふれていたのだ。
 
自分が感じていた未来への見通しの悪さが、晴れる気分だった。
 
リクルートの事業経営や組織マネジメントの仕組みは、良く出来ている。
人を動機付ける技術、マーケットを開拓し切る推進の強さは、
字の如く「半端無い」と思う。
 
ただ意思決定の進め方には「大企業的」に感じる部分はあり、
働く個人の感情としては、どうしても退屈に感じる部分や、
進んでいく未来が見えてしまった印象を感じている。
 
自分の経験や能力を、荒野の中で試してみたい。
なんだかよく分からないんだけれど、ドキドキすることで。
大企業や既存サービスの延長線で体感しづらい、
まだまだ手が入っていないマーケット、0→1フェーズ。
自分が介在することで、その成長角度や最終到達地点に大きく影響する。
そんな挑戦をしたいという、気持ちが高ぶっている。
 
個人がもっと発信力を持ち、個人事業主のような働き方が、
もっと日本で増えるべきと考えていることも、あると思う。
インフルエンサーのような存在は、世の中への影響力を資本として、
マーケティングや経営スキルを総動員して、
日々のオペレーションを改善し続けている。
 
ハヤカワ五味さんの記事を読むと、
高校生時代からこのPDCAを回し続けたことによって、
現在の独自なポジショニングを築いたことがわかる。
「私は経営から、顧客に商品を渡す最後の1㎜までをデザインしている」
という一節に、惚れ込んでしまった。
これからの時代はつくづくデザイン思考なのだと、痛感する。
 
個人がブランド化していく流れは、必然だ。
こうした世界の中で、自分の力を発揮してみたいと羨む。
 
そのための具体的な行動としてやりきりたいこと。
8月末を目途にツイッターアカウントを育て、
個人メディアを持ち発信力を高めること。
数値目標としては、8末までに1000フォロワーを目指したい。
 
自分をのれんとして、他人に言い訳出来ない場でPDCAを回していきます!
少しでも共感いただければ、フォローをお願いしますm(__)m